星降る夜の人間観察記

台湾在住翻訳者のLGBT星野よるが見聞きしたもの

鬱屈とした気持ちを抑えきれず台湾のレズビアンクラブに行った話【1】

給湯室で箸を洗いながら、「レズビアンクラブに行こう」と思った。

 私は鬱屈としていた。台湾の道端で売られている、白い紙弁当箱に暴力的におかずが押し込められた80元の弁当を買って、休日出勤の職場で食べていた。空心菜と豆干のもんやりした匂いが立ちのぼる。

 責任は増えたが給与は変わらない。変わったことといえば、長時間のデスクワークの代償として、下半身に脂肪が付き始めたくらいだ。5か月前に付き合い始めた女の子は、2週間前に連絡が途絶えていた。そういえば、これも変わったことだ。

 台湾まで来て、なんと冴えない自分だろう。公務員をほぼ勢いでやめ、国外に飛び出してきてから今日まで、ひとつひとつの決断がすべて的外れだった気がする。今日、割り箸がついていたのに、ケチってマイ箸を使って弁当を食べた。冴えないな、こんな性格がダメなのだろうか。給湯室で箸を濯ぎながら、私は鬱々としていた。その時ふと、こんな考えが浮かんだ。

「夜遊びがしたい」。

 

 

 

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紙弁当箱はこれがデフォ

 彼女はストレートだった。大学の同級生である。社会人になってから思わぬ形で再開し仲良くなった。チャーミングで素直な彼女は、同性愛的指向を公言する私に躊躇いなく近づき、ある日「愛してる」と告げた。「一緒に生きていきたい、あなたを恋人とは思わないけど」彼女はきっぱりと言った。「それでも良ければ」。

 給湯室にボイラーの鈍い音が響いている。蛇口を閉め、携帯に手を伸ばそうとして、やめた。とかく、今日は夜遊びが必要だった。台北市内にレズビアンクラブがあることを、聞いたことがあった。

 

そして向かった。

 時計の針は22時半を指していた。

 クラブの前につき、まず様子を伺ってみる。受付のカウンターは階段を下りた地下にある。きりりとしたトムボーイの店員さんが軽く足を組んで受付に腰掛け、上目遣いで私の姿を認めた。

ここでクソほど緊張した。

 待て、とても敷居が高そうだ。私はボーイッシュであるが、かなり半端者である。胸はつぶしていないし化粧もする。トムボーイの店員さんの完成された男前ぶりを見て、完全に怯む。怯んだ結果、近くのコンビニで時間をつぶし、23時を回ってやっと店に入った。

 身分確認は緩く、簡単な説明の後すぐに奥へ通してくれた。地下へ一段一段降りていく間、文字通りのアンダーグラウンドな世界へ突入する心地がして、「これがしたかった」と確信した。

 今日は冴えない自分とは縁を切る、アンダーグラウンドな世界に頭のてっぺんまで浸かりたかった。

 

「生娘だった時、この人に捕まっちゃった。」と彼女は言った。

 まだ人はまばらだった。適当なカクテルを受け取り、バーカウンターに腰掛ける。華奢で髪がつやつやした女性が隣に座っていた。その横に、とてもボーイッシュなツレが座っている。彼女は私を見ると「ひとりなの?」と声をかけた。

 ツレの耳がピクリと動いた。彼女の話は気になるが、立ち入らないスタンスをとっているようだった。ツレはこちらに一瞥もせず、黙って携帯をいじっていた。

「私たち、中国から観光できたんだけど。」

彼女は続けた。

「こういうところ来るの、初めてなの。地元じゃなかなか、ひと目も気になるし。」

彼女は20代前半に見えた。

「この人に見初められたとき、あたしまだなんの経験もなかったの。生娘。この人に捕まったの。だから、こんなところ来るの、初めて。」

  とんでもないところに来たような気がした。

 開始5分、中国の美女が自分のヒストリーを語り始めた。

 耽美で人間臭い夜が、始まる予感がした。

 

【No.2へ続く】