星降る夜の人間観察記

台湾在住翻訳者のLGBT星野よるが見聞きしたもの

愛人稼業と男装のオンナ

「私にだって心はあるのよ。」

 愛人稼業のK香は言った。K香は愛人稼業をしているくせに、情に流されやすい。K香は妻子ある冴えない(ように私には見える)弁護士に惚れ込み、《愛人稼業》の看板をかなぐり捨て、いつのまにか恋に苦悩する女になっていた。彼女は言った。「私にだって心はあるのよ。愛人だからって、何しても許されると思わないで。」

なんとなくわかる。

 私は愛人稼業はしていない。金銭と感情を取引したこともない。しかし、K香の気持ちはなんとなくわかる。すごくボーイッシュな風貌をしている女というのは、《駆け込み寺》なんかの看板を下げているように見られることがある。

 これまで、何人かの恋に傷ついた女友達が、私のところに駆け込んで来た。傷ついた女性は、驚くほど大胆になったりする。甘い言葉に私は骨抜きになって、気づけば恋に落ちてしまう。しかし、ある程度の月日が経ち、傷が癒えると、彼女たちは皆そそくさと荷物をまとめて去っていくのだ。「関係性が変わった?何言ってんの、私、よるのことずっと大好きだよ。友達として、昔から大好き。」 

女性はなぜ、顔色一つ変えず嘘をつけるんだろう。

インスタグラムにあがる新しいボーイフレンドとのツーショット、晴天の井の頭公園。「眩しいなあ」と私は思う。

光の世界と闇の世界みたいだ。

あなたは光の世界に帰った、そちらの世界にいたほうが幸せなのは、痛いほどわかる。

こちらにも多分に非はある。

 一概に彼女たちのせいにしてはいけない。何だか度を越してきたな、と思えばそこで止めればいいのだ。アプローチを楽しんでいる時点でこっちも同罪である。それに、彼女たちが完全な遊びだったのかといえば、おそらくそういう訳でもない。女と添い遂げる覚悟がなかったのかもしれないし、性別に関係なく、相性の問題だったかもしれない。私の性格に嫌気がさしたのかもしれない。私が自分の生き方に拭い切れない後ろめたさを感じているのが伝わって、情けないと思われたのかもしれない。

 

承認欲求くらい、自分で満たせるさ

「みんな都合よく非現実が見たいだけ。愛人に心があるなんて不都合なんだよ。だから私は男の家族の連絡先を把握してる。あんまりな扱いをしたらばらすぞって脅してる。」

 K香は愛を得られない悲しみを、愛を壊すことで紛らわそうとしていた。でも、どんなに脅しても、弁護士からの愛は得られなかった。怒鳴り合いの末に至った『手切れ金15万円』を、K香は次月の家賃と水道代に充てた。

私は、お酒を買い込んでひとしきり酔っ払いながら、K香が泣き止むのをずっと電話口で待っていた。こんなもんさ、私たちはさ、また一人になったね。でも、またきっとときめく出会いがあるんだよ、懲りずにね。

自分に言い聞かせるように言った。

いばらの道を進んで歩くような生き方だけど、それでも絶望なんかしてやらない。愚鈍なまでに自分を承認すること、それがいつか、望む未来につながるはずだ。

そして、いつか私が他の誰かと幸せになった時、あなたたちには存分に切なくなってもらうよ。お嬢さんたち。それが私にできる一番の仕返し。

 

鬱屈とした気持ちを抑えきれず台湾のレズビアンクラブに行った話【1】

給湯室で箸を洗いながら、「レズビアンクラブに行こう」と思った。

 私は鬱屈としていた。台湾の道端で売られている、白い紙弁当箱に暴力的におかずが押し込められた80元の弁当を買って、休日出勤の職場で食べていた。空心菜と豆干のもんやりした匂いが立ちのぼる。

 責任は増えたが給与は変わらない。変わったことといえば、長時間のデスクワークの代償として、下半身に脂肪が付き始めたくらいだ。5か月前に付き合い始めた女の子は、2週間前に連絡が途絶えていた。そういえば、これも変わったことだ。

 台湾まで来て、なんと冴えない自分だろう。公務員をほぼ勢いでやめ、国外に飛び出してきてから今日まで、ひとつひとつの決断がすべて的外れだった気がする。今日、割り箸がついていたのに、ケチってマイ箸を使って弁当を食べた。冴えないな、こんな性格がダメなのだろうか。給湯室で箸を濯ぎながら、私は鬱々としていた。その時ふと、こんな考えが浮かんだ。

「夜遊びがしたい」。

 

 

 

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紙弁当箱はこれがデフォ

 彼女はストレートだった。大学の同級生である。社会人になってから思わぬ形で再開し仲良くなった。チャーミングで素直な彼女は、同性愛的指向を公言する私に躊躇いなく近づき、ある日「愛してる」と告げた。「一緒に生きていきたい、あなたを恋人とは思わないけど」彼女はきっぱりと言った。「それでも良ければ」。

 給湯室にボイラーの鈍い音が響いている。蛇口を閉め、携帯に手を伸ばそうとして、やめた。とかく、今日は夜遊びが必要だった。台北市内にレズビアンクラブがあることを、聞いたことがあった。

 

そして向かった。

 時計の針は22時半を指していた。

 クラブの前につき、まず様子を伺ってみる。受付のカウンターは階段を下りた地下にある。きりりとしたトムボーイの店員さんが軽く足を組んで受付に腰掛け、上目遣いで私の姿を認めた。

ここでクソほど緊張した。

 待て、とても敷居が高そうだ。私はボーイッシュであるが、かなり半端者である。胸はつぶしていないし化粧もする。トムボーイの店員さんの完成された男前ぶりを見て、完全に怯む。怯んだ結果、近くのコンビニで時間をつぶし、23時を回ってやっと店に入った。

 身分確認は緩く、簡単な説明の後すぐに奥へ通してくれた。地下へ一段一段降りていく間、文字通りのアンダーグラウンドな世界へ突入する心地がして、「これがしたかった」と確信した。

 今日は冴えない自分とは縁を切る、アンダーグラウンドな世界に頭のてっぺんまで浸かりたかった。

 

「生娘だった時、この人に捕まっちゃった。」と彼女は言った。

 まだ人はまばらだった。適当なカクテルを受け取り、バーカウンターに腰掛ける。華奢で髪がつやつやした女性が隣に座っていた。その横に、とてもボーイッシュなツレが座っている。彼女は私を見ると「ひとりなの?」と声をかけた。

 ツレの耳がピクリと動いた。彼女の話は気になるが、立ち入らないスタンスをとっているようだった。ツレはこちらに一瞥もせず、黙って携帯をいじっていた。

「私たち、中国から観光できたんだけど。」

彼女は続けた。

「こういうところ来るの、初めてなの。地元じゃなかなか、ひと目も気になるし。」

彼女は20代前半に見えた。

「この人に見初められたとき、あたしまだなんの経験もなかったの。生娘。この人に捕まったの。だから、こんなところ来るの、初めて。」

  とんでもないところに来たような気がした。

 開始5分、中国の美女が自分のヒストリーを語り始めた。

 耽美で人間臭い夜が、始まる予感がした。

 

【No.2へ続く】